ヘンリー・フォンダ

ヘンリー・フォンダ

ヘンリー・フォンダ(Henry Fonda、1905年5月16日 – 1982年8月12日)は、アメリカ合衆国出身の俳優、映画プロデューサー。愛称はハンク(Hank)。

世界的にも高名な役者の一人で、戦中・戦後の映画界で活躍した。子にジェーン・フォンダとピーター・フォンダ、孫にブリジット・フォンダトロイ・ギャリティがおり、いずれも同じ俳優の道に進んでいる。

ネブラスカ州グランド・アイランドにて、印刷工場を営むクリスチャン・サイエンス教徒の家庭に生まれる。フォンダの家系は、1500年代にイタリアからオランダに移住、1600年代にオランダからアメリカに移民してきたという。生後6か月で、同じ州のオマハに移る。幼い頃から絵や文学の才能に恵まれ、12歳の時にはニュース映画で映画デビューを果たす。

1933年にローガンやスチュアートと共にニューヨークに向かい、アパートメントを借りてルームメイトとして生活しながら、その後は様々な劇団で地方の舞台への出演や舞台装置家として働いていて演技を磨く。1934年に『New Face』というショーで認められたことがきっかけで、翌年には『運河のそよ風』の主役に抜擢される。この舞台の成功によってハリウッドに招かれ、1935年にヴィクター・フレミングの同作の映画版で映画デビュー。その後 ヘンリー・ハサウェイの地方ロケーション初の三原色テクニカラー映画『丘の一本松』、ベティ・デイヴィスと共演した『或る女』や『黒蘭の女』、フリッツ・ラングの逃避行ドラマ『暗黒街の弾痕』、ジョン・フォードの青年時代のリンカーンを演じた『若き日のリンカン』や南北戦争を舞台にした恋愛ドラマ『モホークの太鼓』など、数年の間に数々の話題作に出演。いかに難しい役でも完全にこなしきる力を持っていたため、フォードは安心してフォンダに役を任す事が出来たという。

20世紀フォックス社と7年の専属契約を結び、1940年には再びフォードと組んでジョン・スタインベックの小説の映画化『怒りの葡萄』に出演。主人公トム・ジョードは当り役となり、初のアカデミー主演男優賞にノミネートされた。1941年にはパラマウント社に貸し出されて『レディ・イヴ』に出演、普段の生真面目なイメージのフォンダからも予想もつかないドタバタ喜劇に挑戦し、新たな一面を開拓した。『レディ・イヴ』出演後にアメリカ海軍に入り、3年の間、第二次世界大戦に従軍し、武功を上げてブロンズスターメダルと大統領感状が与えられる。

戦後、軍隊除隊後に再びフォードと組んで、OK牧場の決闘を描いた1946年の『荒野の決闘』でワイアット・アープを演じる。あまり自分のことは語りたがらないフォンダも「数少ない納得できた作品」と語っている。翌年の『逃亡者』と1948年の『アパッチ砦』でもフォードと組んで、ジョン・ウェインと並びフォード映画には欠かせない主演俳優となる。ダリル・F・ザナックの利益優先方針とマッカーシー上院議員による赤狩りに嫌気がさし、それまで契約していたフォックスとの契約が切れ、他のスタジオとの長期契約を嫌ったフォンダはブロードウェイに戻り、1948年にローガンの舞台『ミスタア・ロバーツ』で主演する。上演回数1157回に及ぶヒットとなり、フォンダはトニー賞を受賞するなど、このロバーツ役はトム・ジョード、ワイアット・アープに続く当たり役となった。このように主に人間味豊かで善良な役を意欲的に演じ続け、ハリウッドでも息の長いスターとなる。特に英語の語り口は絶妙であり、とんとん拍子に数多くの傑作を自分のものとしていった。

1979年に長年の功績にトニー賞が贈られ、また1981年にはアカデミー特別賞を贈られた時は、まだ元気でロバート・レッドフォードの手からオスカーを受けていた。そして『黄昏』の演技により翌1982年にフォンダはアカデミー主演男優賞とゴールデングローブ賞を受賞、しかしこの時には体調がかなり悪化し、ジェーンが代わりに授賞式に出席した。結局この『黄昏』が遺作となって授賞式の5ヵ月後8月12日、77歳で心臓病により死去した。故人の意思を尊重して葬式は行われず、志のある人は自身の俳優としての出発点となったオマハ・コミュニティ・プレイハウスのヘンリー・フォンダ記念演劇センターへの寄付が呼びかけられた。

西部劇

ウエスタン|黄昏の西部開拓時代を舞台に、当時の人間模様を活写した大作群像劇。

ウエスタンは、1968年公開のイタリア・アメリカ合衆国合作映画。砂漠にやってきたハーモニカを吹く凄腕ガンマンはある恨みを晴らすため、秘かに復讐を計画していた……。黄昏の西部開拓時代を舞台に、当時の人間模様を活写した大作群像劇。のちに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』としても知られる。セルジオ・レオーネ監督。映画批評・あらすじ(ネタバレ)・スタッフ・キャスト・映画予告編・無料動画・配信情報。
西部劇

荒野の決闘|キネマ旬報オールタイムベストテン西部劇部門で堂々の第一位! 映画史に残る「OK牧場の決闘」

荒野の決闘は、1946年公開のアメリカ合衆国の映画。「駅馬車(1939)」「怒りの葡萄」のジョン・フォードの復員第二作で、ステュアート・N・レイクの著作に基くサム・ヘルマンのストーリーから、この映画の製作者のサミュエル・G・エンジェルがウィンストン・ミラーと協力して脚本を書いたもの。西部劇の巨匠ジョン・フォード作品の中でも『駅馬車』と並んで最高傑作とされる。ラストシーンの「OK牧場の決闘」は映画史に残る名場面。映画批評・あらすじ(ネタバレ)・スタッフ・キャスト・映画予告編・無料動画・配信情報。
西部劇

牛泥棒|実話を基に製作されたウェスタンの最高傑作!犯罪者への一方的制裁というテーマを真正面から捉え人間の良心や正義を描く

牛泥棒(うしどろぼう)は、1943年公開のアメリカ合衆国の映画。ヘンリー・フォンダが主演したウエスタン。地元の農民が殺害された上に牛を盗まれたという事件を知ったふたりの放浪者は、町民たちと共に自警団を結成、犯人の捜索に当たる。やがて牛を所持していた3人組が発見されるのだが…。 第16回アカデミー賞で作品賞にノミネートされたほか、1943年の第15回ナショナル・ボード・オブ・レビューで作品賞を受賞した。 1998年、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。映画批評・あらすじ(ネタバレ)・スタッフ・キャスト・映画予告編・無料動画・配信情報。
西部劇

胸に輝く星|ベテランの賞金稼ぎと新米保安官の絆を描く西部劇

胸に輝く星は、1957年公開のアメリカ合衆国の映画。バーニー・スレイターの原作を「太陽に向って走れ」のダドリー・ニコルズが脚色、「最前線」のアンソニー・マンが監督した異色西部劇。タイトルの「胸に輝く星」とは保安官バッジの事。映画批評・あらすじ(ネタバレ)・スタッフ・キャスト・映画予告編・無料動画・配信情報。